「それは……新しいきょうだいですか?」
珍しく午後の予定がなかった私は、一度自室に戻ろうと中庭を囲む廻廊を歩いていた。その途中で、我々天使達の親であるリアを見かけ、声を掛けた。リアは手のひらほどの大きさの布にくるまれた何かを、大事そうに抱えていた。それは、小さいながらも日の光を一点に集めたかのような輝きを持っていて、迸るような生命エネルギーを感じる。辺りには午後の日差しが燦々と降り注いでいるが、それも霞んでしまうほどの光に満ちていた。
「そうなの~そろそろ新しい子が欲しくて~」
そう、うきうきした様子で答えるリアは、今日は大人の女性と呼ぶには程遠い、少女の姿だった。腰まである癖のある金髪をキラキラと振りまきながら、ステップを踏むような軽やかな足取りで歌うように続ける。
「このあいだいくつか壊れてしまったしね。やっぱりわたしの育て方が悪かったのかしら?」
リアは誰に問うでもなく、宙へと疑問を投げかける。私が応えるべきか否かを逡巡しているうちに、彼女はくるりとこちらを振り返って花が綻ぶように微笑んだ。
「ああでも、あなたが一番なのに変わりはないわ、シエル」
そう言ってぱちりとウインクをした。
「ありがとうございます」
目礼して軽く微笑み返す。そう思ってもらえるのは非常に喜ばしいことだとは思う。ただ、他のきょうだい達の前で言うべきことではないのでは、と再三諌めているが、彼女は耳を貸す気は無いようだった。最近は、そう皆の前で口にすることで、私に対する激励なのだと思うようになった。そのように考えると、あらためて身の引き締まる思いである。
私が密やかに気を引き締めているうちに、リアは腕に抱えた包みをゆらゆらと揺らしながら、鼻歌混じりにゆったりと広い廊下を進んでいく。彼女の動きに合わせて、包みの布の端がひらひらと揺れた。その様子を見るとはなしに眺め、話しかけた手前、すぐに立ち去るのも気が引けたので、そのまま連れ立って歩く。そうしてしばらく進んだ頃、ふと頭に浮かんだ、かねてからの疑問を口にする。
「リア、前から疑問だったのですが……」
「なあに?」
「私達は……天使とは一体どのように作られているのでしょうか?」
「いい質問ね!」
リアは足を止めると、くるりとこちらに向き直り、口を開いた。
「まずはわたしの力を凝縮させて核となる部分を作るわ。これは生き物で言う心臓のようなものね。ここに私の力と自然界のエネルギーとを混ぜ合わせたものをくっつけて固めるの。あとはお砂糖をスプーン1杯、スパイスをひとつまみ振りかけて……何年か寝かせれば出来上がりね!」
彼女は聞かれたことがよほど嬉しかったのか、元々青い宝石のように輝く瞳を、更にキラキラさせながら答えた。私はその答えを反芻し、新たに湧いた疑問を投げかける。
「何年か寝かせる時間は必要なのでしょうか?」
リアの力を使えば、まばたきする間もなく作ることは可能なように思う。
「それじゃあどんなものが出来あがるか、大体分かってしまうから面白くないわ。じっくり寝かせることでどう変化するのか、蓋を開けてみるまで分からないのが面白いんじゃない」
私の言葉に、リアはいかにも分かってないわねと言いたげに唇を尖らせて答える。
「そういうものですか」
「そういうものよ」
リアは神妙な面持ちで頷くと、次の瞬間には堪えきれずに破顔した。
「ふふっ! まあこれはただのわたしのこだわりよ? 同一規格の大量生産品に興味はないだけね」
後半は呟くようにひっそりと言うと、ひと通り話して満足したのか、今日のお話はこれで終わり! と言わんばかりにリアは踵を返した。
再び機嫌良く廊下を進んでいく彼女の背中を見送りながら、私は次に生まれてくるきょうだいはどんな者だろうかと、いずれ訪れる新しい出会いに想いを馳せた。