水面に揺蕩う記憶2 -藤紫-

 

 ここしばらく、どんよりとした雲が空一面を覆う日が続いていた。
 本格的に降ることはあまりなかったけど、しとしとと細かい雨が、降ったり止んだりを繰り返している。もともと水に属する種族ではあるけれど、過度な湿気はあまり好きじゃない。
「今日も雨かあ……」
 朝起きるたびに外の様子を確認し、空を見上げてため息をつく日々を送っていた。

 

 そんなある日、これまでの天気が嘘のように晴れ渡っていた。小鳥のさえずりが耳をくすぐり、待ちに待った光が窓から差し込んでいた。
 僕は嬉しくなって、急いで身支度を整えると、勢いよく外へと飛び出した。
 久しぶりの快晴はとても新鮮で、見慣れた樹々が、水面が、世界が、きらきらと輝いて見えた。光の降り注ぐなかを、ふんふんと鼻歌交じりに散歩をする。時折吹く風は、まだ肌寒いけれど、日向を歩いている分には申し分のないお天気だった。見上げれば空はどこまでも青く澄み渡っていて、このまま青空に溶けてしまうんじゃないかと本気で思ってしまうくらいだった。
 ……本当はこんなことをしている場合でもないのだけれど。でもたまにはこんな日も必要だよね、と自分を納得させる。
 しばらく当てどなく歩いて、ふと気づけば、見慣れないところに来てしまったようだった。辺りは繁みが多く、方角もわかりづらい。
 どうしようかなと、ひとまず立ち止まってみた。耳を澄ませると、微かに水の流れる音がした。
「近くに川がある?」
 音のする方向に繁みをかき分けていくと、予想通り川があった。
「 思ったとお……あっ……」
 上げかけた声を思わず引っ込めてしまったのは、対岸に先客がいることに気付いたからだ。少し距離があるからか、向こうはこちらに気付いていないようだった。
 年の頃は、自分と同じくらいの少年に見えた。川べりに座り込み、物憂げに水面を見つめている。
 とりあえず声を掛けてみようと、そちらに近付いた。さすがに相手もこちらに気付いたらしく、顔をあげる。その表情はひどく驚いていて、少しつりぎみのまなじりを目一杯見開いて、僕を凝視した。
「あっ……えっと、うわあ!」
 そんなに驚かれるとは思わなくて、ちょっと動揺してしまった。そのままろくに足元を見ずに近づいたため、足を滑らせ、僕は盛大に川に落ちた。