水面に揺蕩う記憶1 -群青-

 

 声が聞こえる。

 そう気付いたのはいつの頃からだっただろうか。
 いや、他の者にこの声は聞こえていない、ということに気付いたのはいつだろうか。という方が正しいかもしれない。
「……様、今日……と……、…………」
 ああ……五月蝿い……。お前達の言いたいことは、もう十分に分かった。
 そう何度も鼓膜を、脳を、震わせる必要など無いというのに。
 ふう、と思わず息が漏れれば、相手はすかさず、お加減がお悪いのでは、などと言って、心配そうな顔で腰を屈め、こちらを覗き込んだ。
(……本当は心配など微塵もしていないくせに)
 こちらの”声”が聞こえないことをいいことに、ちょっとした嫌味を返してみるも、当然ながら相手には届かない。
(向こうの声は聞こえるのに、こちらの声は聞こえないとは、全くおかしな話だな。このような双方向的でない伝達方法に──)
「やはりお体が優れないのでは……」
 黙り込んでしまった私を案ずるように、相手はますます身を屈めてきた。
 その動きで我に返ると、思考の海に漕ぎ出しかけていた意識を、慌てて引き戻した。
「いや、なんでもない。大丈夫だ」
 そう言って顔を上げ、少し唇の端を持ち上げれば、相手は明らかにほっとしたような表情を見せた。
「それでは私はこれで」
「ああ」
 一人になっても、”声”は聞こえ続ける。怒ったような声、囁くような声……。物理的な距離にもある程度は左右されるが、それよりもむしろ想いの強さによって左右されているような気がする。
 もちろん、鼓膜を通さない声、という形をとることが多いが、もっと漠然とした、心象風景のようなかたちで伝わってくることもあった。
「……はあ」
 何やら本当に体調が思わしくないのかもしれない……。少し気分を晴らそうと、私は屋敷の外に出ることにした。

 ここしばらく続いていた雨も止み、今日は快晴のようだ。