プロローグ〜ある日の森で〜

 見渡す限りの新緑。その隙間を縫うようにして、一本の道が続いていた。細く頼りなげに見えるが、確かに踏め 固められた道は、村々の移動には欠かせないものである。荷馬車のような大きなものは通行できないが、人が歩く分には申し分のない広さであった。
 そんな道を、一人の少年が歩いていた。 薄手のマントを羽織り、手にはお使いを頼まれた品々を入れるための籐かごをさげている。辺りは木が生い茂ってはいるが、光を通さないほどでもなく、美しい木漏れ日を生み出していた。

 しばらくすると、少し開けたところに出たらしい。心地よい風が、彼の青みがかった灰色の髪やお気に入りの青いマント、そして髪と同じ色をしたふさふさの尻尾を撫でた。隣の村が木々の合間に見える。あと半時間も歩けば着くだろうか。
 少年は、少し顔を綻ばせると、歩みを早めた。

 今日は年に一度の大規模な市の日である。

 この世界には、四つの大国がある。
 世界の中心とも世界の果てとも呼ばれる永久凍土の山を囲うようにして、東西南北に国々が存在している。その中でこの国は、山の西側に位置しており、国土の大半を森が占めるため、森の国とも呼ばれていた。首都を中心に小さな村々が森の間に散りばめられ、それらを繋ぐように道が張り巡らされている。
 そしてこの国に住まう人々は、通称『森の民』と呼ばれ、獣の耳と尾を持つのが特徴である。総じて身体能力が高く、『土』の加護を受けているため、転じて植物に関する魔法を使えるものも多い。

 典型的な種族の特徴を備えた少年、ムトは、村の点在するところよりも少し森の深まったところに祖母と二人で暮らしている。
 足が不自由になってきた祖母に代わり、村への買い出しを一人で引き受けるようになったのは、少し前のこと。 最初のころは終始緊張しながら歩いていた道も、幾分か慣れてきたようで、足取りは軽い。

 思っていたよりも早く着いた村は、常とは異なる活気で満ち溢れていた。