(エビローグ ~ティータイムの後で~)
おそらく勇者なのであろう客人を見送ったあと、私は自室へと戻った。うまく誤魔化せただろうか。思っていたよりも気を張っていたのか、普段あまり感じない種類の疲労感があった。しばらくして、先程庭へ訪ねてきたローブの女性、カルナが、私の部屋を訪れた。
「よかったのですか? あの人間をそのまま帰して」
部屋へ入るやいなや、カルナが眉間に皺を寄せながら訊く。私を気遣ってすぐにでも追い払ってしまいたいのを我慢してくれていたのだなあと思うと、とても申し訳ない気持ちになった。
「すみません、気を遣わせてしまって」
「別にそういうわけでもないんですけどね……。ただ、あの程度の人間、貴女ならすぐに倒せたでしょう? まあ、わざわざ手にかける必要もない小物といえばそれまでですけど」
「彼は、ああ見えてとても強いのかもしれません」
「私にはとてもそうは見えませんでしたが……」
「1階の扉を開けて私の部屋まで来られましたからね」
「なっ……私の防衛魔術を破ったというのですか!? てっきり貴女が招き入れたものと……」
「いくら私でも、皆さんが居ない時にそんなことはしませんよ」
ほんの少しだけ困ったように言うと、彼女は慌てて言葉を重ねた。
「申し訳ありません。ですが、貴女ももう少し注意していただかないと。貴女の命を狙っている連中は、それこそ数え切れないほどいるのですから」
「それは……わかっています」
「いいえ、わかっていません! 貴女は魔王としての自覚が足りなさ過ぎます! 勇者だか何だか知りませんが、この城に来る人間など、見せしめに無残に嬲り殺せば良いのです。それを貴女は……土産まで渡して……」
言いながら、これまでのことも一緒に思い出したのか、だんだんと声のトーンが低くなっていった。俯き加減の表情が段々と険しくなっていくのが見える。なんとか彼女の気を落ち着かせようとあれこれ考えてみるものの、こういう時に限っていい話題は見つからない。
「カルナ、その……」
「とにかく、今度もしあの人間が来たら、私の魔術で爆散させますので、骨一本残しません。いいですね」
「えっ! それは困りま……」
「それでは私は他の仕事がありますので、これで失礼します」
早口でそう言い残し、彼女は部屋から出て行った。
一人になった部屋で、すっかり暗くなってしまった窓の外を見る。果たして彼は無事に帰り着くだろうか。ここまで来る道のりも、そう容易なものではなかったはず。それなのに、あんなに自然体でいられるなんて。さすがは勇者と言うべきなのかもしれない。
魔王は絶対的な悪の象徴であり、人の世界に混沌をもたらす存在。そして勇者は、魔王を倒し、世界に平和をもたらす存在。何百年、何千年と続いてきたこの仕組みは、今更何をしたところで変えられるものではないのかもしれない。でも、もし僅かでも可能性があるのなら。
「私は彼らの、人の持つ可能性に賭けてみたい」
そのために自ら魔王となったのだから──
・勇者
やや明るい栗色の髪に榛色の瞳を持つ男性。勇者を多く輩出する村の出身。能力は平均的で突出したところが無く、戦闘もあまり得意では無いため、落ちこぼれ扱いされている。実はかなりの幸運体質で、あらゆる災いを退ける力を持つが、本人に自覚はない。病気がちの妹がいる。
・隣人さん
魔族には珍しい金の髪と淡いブルーの瞳を持つ女性。その実態は魔王。自分も含めて魔力の及ぶ範囲のあらゆるものを望み通りに変える力を持つ。争いを好まない平和主義者で、勇者と魔王システムに疑問を持つ。