或る人形師の憂鬱

 

 世界はとても非情で悲しみに満ちている。と君は言った。
 今も耳に残る君の声は、いつも寂しげだった。
 
 僕は人形を作る。それは、人の形を模した、人ではないもの。
 彼らは悲しみに満ちたこの世界に生まれ落ちた、唯一の穢れなき存在、と僕は考える。
 悲しみに囚われず、また、生も死をも超越した存在。彼らと共に在ることで、僕もまた、そんな存在に近づけるかのような錯覚さえ覚える。

 そこに、カランカランと大きなドアベルの音が鼓膜に割り入り、僕の夢想は中断された。

「ジェシィ」

 僕が少しムッとした表情で急な来客を見遣ると、彼女は少しきょとんとした顔をして、大きな瞳で僕を見返した。
「なあに?  怖い顔をして」
「……別に」
 いつものことだ。彼女はこちらの都合などお構いなしにずけずけと踏み込んでくる。いや、彼女は、と言うよりは、人間は、と言った方が正しいのかもしれない。人間とは、得てして他人の都合など気にしないものである。
「それにしても相変わらず辛気臭いお店ね」
 僕の不機嫌さにはお構いなく、彼女は狭い店内を見回して言った。良く言えば裏表がない、悪く言えば明け透けな彼女の物言いは、好ましく感じることもあるが、癇に触ることもある。今日の場合は後者だった。
「僕の店の悪口を言いに来ただけならさっさと出て行ってくれないか」
 苛々とした気持ちがそのまま口から滑り出した。
「そんな訳ないでしょ。勿論、用事があってきたのよ」
 いつもは僕の嫌味など意に介さない彼女が、珍しく正確に受け取ったようだった。気分を害した様子で手に持った鞄の中身を乱暴に掻き回したのち、一通の封筒を差し出した。
「これを貴方に」
「手紙?」
「見たらわかるじゃない。じゃあ私はこれを渡しに来ただけだからこれで帰るわね」
 そう言って、突然の来訪者はそそくさと店を出て行った。ドアベルの余韻が消えた後には、先程までの静寂と、先程までは無かった白い封筒が残された。
「いったい誰が……」
 封筒には宛名も、差出人の名前も何も書かれてはいなかった。窓から射す弱い光に翳してみても、中身の見当は付きそうにない。
 少しの逡巡ののち、机の上に置かれた真鍮製のペーパーナイフを手に取る。実はあまり使ったことのないそれの重さを確かめつつ、慎重に開封した。

 中から出てきたのは、封筒と同じ紙質の一枚の便箋だった。二つに折られた紙を開くと、几帳面な筆跡が目に飛び込んでくる。
「……!」
 最後まで目を通した僕は、信じられない思いでもう一度最初から読み返したが、当然ながら内容は変わらなかった。
 呆然として立ちすくむ僕の耳の奥で、懐かしい声が谺する。

 そして、本日三度目のドアベルの音が響いた。